
マチネのリサイタル
今日は、大人のピアノの生徒さんと一緒に、兵庫県の 兵庫県立芸術文化センター 大ホールで開催された、デニス・マツーエフ のピアノリサイタルに行ってきました。
マツーエフの演奏を聴くのは今回が初めてです。
少し早めに会場へ到着したので、売店で双眼鏡を購入しました。大ホールでの演奏会では、演奏者の表情や手の動きを見ることができる双眼鏡はなかなか便利です。
会場には多くのお客様が集まり、期待に満ちた空気の中で開演を待ちました。
バッハ=ブゾーニ「シャコンヌ」の衝撃
1曲目は、ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲、フェルッチョ・ブゾーニ 編曲による《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 BWV1004 より シャコンヌ》。
私はこの編曲版の楽譜を見たことがありませんでしたが、聴き始めてすぐに、その壮大さに圧倒されました。
まるで巨大なパイプオルガンが鳴り響いているかのような重厚な響き。そこから一転して、息をのむほど繊細なピアニシモ。
一台のピアノからこれほど多彩な音色が生まれることに驚かされました。
ヴァイオリンで聴くシャコンヌとはまったく異なる世界です。ピアノという大きな楽器の可能性を極限まで引き出したような演奏で、バッハの音楽が新しい姿を見せてくれました。
この一曲だけで、マツーエフというピアニストのスケールの大きさを強く感じました。
ベートーヴェン「熱情」
続いて演奏されたのは、ベートーヴェンのピアノソナタ第23番《熱情》。
まず感じたのは、ベートーヴェンへの深い敬意でした。
作品に対する誠実さがありながらも、そこに秘められたロマンティシズムや情熱が豊かに表現されています。
美しさと激しさ。
静寂と爆発的なエネルギー。
色彩感あふれる音色と、圧倒的なスピード感。
それらが信じられないほど自然に共存していました。
一人の演奏家が生み出しているとは思えないほど表現の幅が広く、「こんな演奏をするピアニストは今まで聴いたことがないかもしれない」と思うほどでした。
外国のコンサートホールにいるような感覚
休憩時間にはホワイエでコーヒーをいただきました。
その時に気づいたのは、会場に外国人のお客様がとても多いことです。
まるで海外のコンサートホールにいるような雰囲気で、普段の演奏会とは少し違った空気を感じました。
マツーエフの人気の高さを改めて実感しました。
チャイコフスキーからプロコフィエフへ
後半は、チャイコフスキーの《瞑想曲》op.72-5
どこか懐かしく、可愛らしく、そしてロシアらしい抒情性に満ちた作品です。
チャイコフスキーの魅力が存分に伝わる演奏でした。
そしてその余韻を残したまま、間を置かずに始まったのがプロコフィエフのピアノソナタ第8番。
その瞬間、世界が一変しました。
先ほどまでの叙情的な世界から、一気に鋭く現代的な響きへ。
ダイナミックな音楽のうねり。
複雑で細かなパッセージの美しさ。
圧倒的な技術力と集中力。
「もしこの作品をこのように弾かなければならないのだとしたら、多くのピアニストにとって難しいかも。」と思ってしまうほどの壮絶な演奏でした。
同時に、プロコフィエフという作曲家の偉大さも改めて感じました。
驚きのアンコール

アンコールでは、シベリウスの民族舞曲を思わせるような愛らしい作品が演奏されました。
続いて、超絶技巧を駆使したバッハ作品。
そして最後は即興演奏。
ジャズのような自由な雰囲気で始まった音楽が、次第に熱を帯びていき、最後にはグリーグの《山の魔王の宮殿にて》へと変化していきました。
その技巧の凄まじさにはただ驚くばかり。
会場全体が興奮に包まれて、スタンディングオベーションがやみませんでした。
ロシアという大きな世界
このコンサートを聴いて感じたのは、芸術のスケールの大きさでした。
広大なロシアの大地が育んだ音楽文化の豊かさを、マツーエフの演奏を通して垣間見た気がします。
現在の国際情勢を考えると、日本でマツーエフの演奏を聴く機会は決して当たり前ではないのかもしれません。
だからこそ、この貴重な体験に感謝したいと思います。
また来日の機会があれば、ぜひもう一度彼の演奏を聴いてみたいと思います。
想像の上をいく、大きく緻密な芸術的な表現。
忘れられないマチネの公演となりました。
お読みいただきありがとうございました。
神戸北町のしばたピアノ教室 柴田 幸代





